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レインボー アフター ザ レイン
ついてない。
今朝は雲ひとつ無い晴天で、天気予報も降水確率は0だと言っていた。
まとめて洗った洗濯物はベランダに干しっぱなしになっている。
気分がいいから、今日は布団まで干してきたというのに…
ゴロゴロと獣の唸りが聞こえる空を見上げて走った。
ひんやりと冷たい風に水のにおいが混じる。
間に合うだろうか?
間に合わないだろう。
答えは出ているのに足は止めない。
降り出すまでは諦めきれない。
息を切らせて坂道を上がる。
ここを上りきれば近道がある。アパートまではあと少し。
そう…地獄の階段と呼ばれるそれを駆け上がればいいだけだ。
ぽつり
頬で水滴がはじけた。
ぽつり、ぽつり
またはじけた。
足が止まる。
見上げると、心折れそうな階段が真っ直ぐ伸びていて…気合を入れるより先に空から水が降ってきた。
バケツをひっくり返す。とはなかなか的確な表現だ。
あっという間にぐっしょりと濡れたTシャツ。
水のカーテンと表現できそうな雨粒は、なんだか普通より大きい気がする。
「………はぁ」
もう走る意味も、この階段を駆け上がる必要も無い。
坂道を少し戻って、空き家の庭にある大きな木の下に避難した。
今更雨宿りしたところでずぶ濡れには変わりないのだが…
ぶら下げていたコンビニ袋の中を確認する。
ポケットにつっこんだまま走ると落としそうだからと、携帯を移して正解だった。
最近新機種に変えたばかりなのだから、濡れて壊したくはない。
液晶画面を操作して暇つぶしにニュース記事でも読もうかと思っていたら、すぐ近くで声がした。
「雷鳴ってるってのに、そんなとこいたら危ないぞ」
雨音にかき消されそうだが、はっきり聞こえる。
キョトンとしていると、こっちこっちと呼ぶ声。
見上げた先の窓から男が一人見下ろしていた。
「えっと……」
庭に入るのも立派な不法侵入だ。
わざわざ門扉を開けて入ってきたのだから弁解しようも無い。
言葉を捜していると、ゴロゴロと唸っていた空が写真のフラッシュのようにカッ!と光った。
これはまずい。
男が言うように流石に木の下はやばすぎる。
家まで走るしかないかと考えていたら、空き家の玄関が開いた。
正確には空き家だと思っていた、知らない男の家だ。
「とりあえず、そこじゃ危ないからこっち入るか?」
「………いやー、それは」
それはそれで、いろんな意味で危ない気がする。
身構えていると、また空が光った。
ゴロゴロという音がどんどん近くなる。
「落ちるぞ」
男の言葉に合わせるように、ドン!!!!と空気を震わせるような音があたりに響いた。
「うきゃああああああ」
慌てて駆け出すと、家の中に飛びこんだ。
雷に打たれて死亡なんてちょっと想像したくない。
背後でドアの閉まる音がして、我に返る。
「………っ」
しまった…と恐る恐る振り返ると、男と目が合った。
さっきは雨の所為でよくみえなかったけど…ちょっとびっくりするほど綺麗な顔に人のよさそうな笑み。
悪い人では無さそうだ。
「別に捕って食ったりしないよ」
「えーっと…」
「タオル貸してやるから」
「…はぁ…ありがとうございます」
こっち。と家の奥に進む男についていく。
ここで待ってろといわれたリビングには、白い布がかぶったソファーや家具。
ほこりっぽさは無いから掃除はされているらしい。
戻ってきた男から受け取ったタオルで髪を拭く。
適当に座っていいぞと布を剥いだ男はキッチンに姿を消してしまう。
「…座れって言われても…」
服も濡れているのだ。
いかにも高そうな布製のソファーには座れない。
結局そのまま立っていると、湯気の上がるカップを持って男が戻ってきた。
「座らないのか?」
「…いや、あたし濡れてるし」
「ああ、そうか悪い」
何に謝ったのか、ローテーテーブルにカップを一つ置くと、もう一つを手渡して再びリビングを出て行った。
暖かい湯気を上げるカップからは珈琲のいいにおいがしていて、誘われるように口をつけた。
ほんの少し甘いのが丁度いい。
ふぅふぅと冷ましながら飲んでいると男が戻ってきて…差し出されたのは服。
「濡れたままじゃ気持ち悪いよな、気がつかなくて悪い」
「……いや…」
「あ、女物は無いから俺ので悪いけど」
「…そうじゃなくて…」
「ん?…あー風呂か?風呂なら廊下の突き当たりに」
「って、違うわよ!!!!」
馬鹿かこの男は。
悪意も下心も感じられないから、これはもう天然といわざるを得ない。
思わず怒鳴ってしまってから、男を見るとキョトンと首をかしげる。
見かけに似合わず子供っぽい仕草に、毒気を抜かれてはぁ…とため息をついた。
「俺、なにか悪いことしたか?」
「いいえ、こっちの問題。気持ちはありがたく頂くけど着替えは遠慮するわ」
「風邪引くぞ?」
「そうね」
「えーっと…別に襲ったりしないんだけどな」
「だとおもう」
悪い人じゃない。ただのお節介な人だと理解はした。
けれどそれとこれとはまた別なのだ。
「まあ、お前さんがそれでいいなら…」
しかられた子犬みたいに服をひっこめる姿に少し胸が痛んだ。
人の善意をいらないというのはなかなかにキツイ。
「じゃあまあ…こっち、座れよ」
指差されたのはキッチンの椅子。
木製だから濡れても問題ない。
今度は素直に座らせてもらう。
珈琲のおかわりを聞かれて、頷くと男は笑みを見せた。
◇ ◇ ◇ ◇
「最近引っ越して来たの?」
「あぁ、昨日な。その前に業者に頼んで部屋の掃除はしてもらったけど」
「あーそういえば…1週間前くらいにいたわねそんな車」
空き家の前にとまった掃除業者の車を見かけた気がする。
「もともとばあちゃんの家でさ、俺が貰ったんだけどなかなかこっちに引越しってわけにはいかなくてな」
「へぇ」
「でも小さい頃によくあそんだこの家好きだし放置しとくのも嫌だったから、仕事辞めて越してきた」
「ふーん…」
今は無職ってことか…と珈琲をすすりながら、男が出してくれた焼き菓子に手を伸ばす。
こんがりいい色に焼けたマドレーヌ。
一口食べて思わず手にしたそれを見つめた。
「これ…」
「ん?」
「これ、どこのお店で買ったの?めちゃくちゃ美味しいんだけど!」
しっとりとしていて、上品な甘さとふんわり鼻を抜けるバターの香り。
美味しいと連発していると、男は嬉しそうに菓子の乗った皿を前に押し出した。
「俺が作った」
「うそ!?」
「ほんと。ここの坂下ったところで店開くんだ」
「ああ、郵便局の前の?」
「そ、来月オープンだからよかったら来てくれな」
いくいく!!と頷きながら、すべての菓子を胃に収めた。
男はただニコニコと笑っている。
雨はいつの間にか止んでいた。
「通り雨だったみたいだな」
「そうみたい」
先ほどまでの雷と雨が嘘だったように光が差し込んでいる。
息を潜めていた蝉たちも控えめに声を上げ始めていた。
さてと、と席を立つ。
「帰るのか?」
「うん、洗濯物だしっぱなしなのよ。雨宿りさせてくれてありがと」
「お、ちょっと待ってくれ」
「ん?」
「これ、おみやげな」
籠に盛られた焼き菓子をラップに包んで渡してくれた。
さっきまでの雨も、雷も嘘のように太陽が覗いている。
また暑くなりそうだ。
「じゃあな」
「お菓子ありがと」
手を振って家路に着いた。
そういえば、名前を聞き忘れたと気がついたのは、近道の階段を上りきった頃…
「…ま、いっか」
お店がオープンしたら会いに行けばいい。
Fin
よくわからんはなしになった(・ω・`)
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